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弁護士加藤英典のブログ

埼玉県所沢市の弁護士のブログです。

誤解されている痴漢事件

誤解されている痴漢事件

先日の話の続きです。今度は、痴漢を疑われた男性が線路内に立入り、電車にはねられて死亡したと報道されています。
www3.nhk.or.jp
このような危険もありますので、「痴漢を疑われたら逃げろ」は適切な対応ではありません。
ところで、ここ数日、SNSでは痴漢事件が話題になっており、「痴漢を疑われたら逃げろ」の是非も議論になっています。弁護士以外の方も含めて議論が盛んになるのはよいことではありますが、その中には明らかな誤解に基づく意見もあるようです。

「否認すると20日間勾留される」

「否認すると20日間勾留される」と理解している方がいるようです。
たしかに、一昔前までは、痴漢に限らず、被害者が存在する犯罪で否認すると、被害者と接触して罪証隠滅をはかるおそれがあるとして、安易に20日間の勾留が認められる傾向がありました。
しかし、ここ数年で風向きが変わりました。2013年秋ころからさいたま地裁内で若手裁判官が中心になり、身柄事件に関する勉強会が行われるようになりました。その中で、これまで勾留が認められていた事案でも、必ずしも勾留が必要ではない事案があるという考えが広まるようになりました。この勉強会の影響もあり、2013年秋からさいたま地裁での勾留却下率は全国平均を大きく上回るようになり、注目されました
そんな中、2014年11月に最高裁が勾留に関する決定を出しました。事案は、京都市内を走る電車内での痴漢事件です。被疑者は否認していました。京都の裁判官が勾留を却下しましたが、検察官が不服を申立てをし、京都地裁の合議体が勾留を認める決定をしました。これに対して、弁護人が最高裁判所に不服申立てをしました。最高裁判所は、次のような理由で、勾留を却下しました。

被疑者は、前科前歴がない会社員であり、原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば、本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は、罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ、原々審が、勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは、この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え、本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると、原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ、原決定の説示をみても、被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで、その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84640

一般的に、電車内の痴漢事件では、被疑者にとっては被害者がどこの誰かわからないので、釈放後の被疑者が被害者と接触する可能性は高くはありません。最高裁は、被害者と接触する現実な可能性の程度を考慮し、勾留の必要がないとの判断を覆すことはできないとしたのです。
最高裁の決定は、下級審裁判所に影響を与えます。2015年12月には、東京地裁では痴漢事件は原則として勾留が認められていないと報道されています
痴漢事件に関しては、「否認すると20日間勾留される」ということはありません。

「99.9%有罪になる」

日本の刑事裁判では「99.9%有罪になる」ので、否認しても無駄だから逃走した方がよいという方がいます。
しかし、「99.9%有罪になる」というのは誤解です。これは以前に私のブログでも書きました。
hkato.ribbon-law.jp
有罪率が99%超というのは、自白事件を含めたすべての事件で有罪率が99%を超えているのであり、弁護人が本気で無罪主張をする事件で99%超が有罪になっているわけではありません。
また、日本の刑事司法では、起訴するか否かは検察官の裁量であり、捜査がされても検察官が起訴するとは限りません。検察官は、無罪判決を嫌いますので、起訴しても無罪判決になる可能性が高いときは、不起訴(嫌疑不十分)にします。不起訴になれば、刑事裁判にはなりません。
およそすべての刑事事件で立件されてしまえば「99.9%有罪になる」というわけではありません。

「被害者の供述は絶対に信用される」

「被害者の供述は絶対に信用される」という方もいるようです。
これは不正確だと思います。痴漢事件における被害者供述の信用性については、2009年の最高裁判決があります。事案は東京都内の電車内での痴漢事件です。被告人は否認し、地裁と高裁は被告人を有罪としましたが、最高裁が逆転で無罪判決を言渡しました。
最高裁は、被疑者供述の信用性については、次のように判断しました。

被告人は、捜査段階から一貫して犯行を否認しており、本件公訴事実を基礎付ける証拠としては、Aの供述があるのみであって、物的証拠等の客観的証拠は存しない(被告人の手指に付着していた繊維の鑑定が行われたが、Aの下着に由来するものであるかどうかは不明であった。)。被告人は、本件当時60歳であったが、前科、前歴はなく、この種の犯行を行うような性向をうかがわせる事情も記録上は見当たらない。したがって、Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるのであるが、(1) Aが述べる痴漢被害は、相当に執ようかつ強度なものであるにもかかわらず、Aは、車内で積極的な回避行動を執っていないこと、(2) そのことと前記2(2)のAのした被告人に対する積極的な糾弾行為とは必ずしもそぐわないように思われること、また、(3) Aが、成城学園前駅でいったん下車しながら、車両を替えることなく、再び被告人のそばに乗車しているのは不自然であること(原判決も「いささか不自然」とは述べている。)などを勘案すると、同駅までにAが受けたという痴漢被害に関する供述の信用性にはなお疑いをいれる余地がある。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=37531

客観的証拠が存在しない場合には被害者供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるという規範の下、被害者供述の信用性を否定したのです。
このように「被害者の供述は絶対に信用される」というわけではありません。痴漢事件で被害者供述の信用性を否定して無罪判決がでることは決して珍しくありませんし、むしろ無罪判決が出やすい類型の事件とも言われています。