弁護士加藤英典のブログ

埼玉県所沢市の弁護士のブログです。

「ヒロシマ市民の描く原爆絵画展」のお知らせ

私が事務局長を務めている原爆絵画展所沢実行委員会は、2017年8月4日(金)から6日(日)の間、所沢市小手指市民ギャラリーエバー(西武池袋線小手指駅北口徒歩2分)において「ヒロシマ市民の描く絵画展」を開催します。
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この絵画展は、1974年5月に一人の被爆者が被爆体験を描いた絵画をNHK広島に持込んだことを発端にしています。この絵画がきっかけになり、NHK広島に膨大な数の被爆者の絵画が集められることなりました。1974年8月には最初の原爆絵画展が広島平和記念資料館で開催され、約2万人の来場者を集めたそうです。一連の運動については、1975年にNHK広島がドキュメンタリー番組『市民の手で原爆の絵を』を製作しています。
www.nhk.or.jp
現在、集められた絵画は、広島平和記念資料館の運営主体である広島平和文化センターが保管しています。各地の市民団体が広島平和文化センターから絵画の貸出しを受け、原爆絵画展が開催されています。
所沢での原爆絵画展は長らく途絶えていましたが、所沢やその近隣の方々にも被爆者の描いた絵画を見ていただこうと、2014年に実行委員会が立ち上がり、所沢での原爆絵画展を開催しました。毎年8月に開催しており、今年で4年連続の開催です。
当日は、被爆者の描いた絵画60点が展示される予定です。広島平和文化センターからは毎年異なる絵画が貸し出されていますから、昨年までの会場に来てくださった方々も目にしたことがない絵画をご覧いただけることと思います。
2017年7月7日、国連本部での会議で核兵器禁止条約が採択されたのは、記憶に新しいことです。広島と長崎での原爆投下から約72年を経て、核兵器国際法上違法であることが明確になりつつあります。核のない平和な世界の実現のためにほんのわずかでも力になるために、今年も原爆絵画展を開催いたしますので、お近くの方々は会場まで足を運んでいただけると幸いです。

誤解されている痴漢事件

誤解されている痴漢事件

先日の話の続きです。今度は、痴漢を疑われた男性が線路内に立入り、電車にはねられて死亡したと報道されています。
www3.nhk.or.jp
このような危険もありますので、「痴漢を疑われたら逃げろ」は適切な対応ではありません。
ところで、ここ数日、SNSでは痴漢事件が話題になっており、「痴漢を疑われたら逃げろ」の是非も議論になっています。弁護士以外の方も含めて議論が盛んになるのはよいことではありますが、その中には明らかな誤解に基づく意見もあるようです。

「否認すると20日間勾留される」

「否認すると20日間勾留される」と理解している方がいるようです。
たしかに、一昔前までは、痴漢に限らず、被害者が存在する犯罪で否認すると、被害者と接触して罪証隠滅をはかるおそれがあるとして、安易に20日間の勾留が認められる傾向がありました。
しかし、ここ数年で風向きが変わりました。2013年秋ころからさいたま地裁内で若手裁判官が中心になり、身柄事件に関する勉強会が行われるようになりました。その中で、これまで勾留が認められていた事案でも、必ずしも勾留が必要ではない事案があるという考えが広まるようになりました。この勉強会の影響もあり、2013年秋からさいたま地裁での勾留却下率は全国平均を大きく上回るようになり、注目されました
そんな中、2014年11月に最高裁が勾留に関する決定を出しました。事案は、京都市内を走る電車内での痴漢事件です。被疑者は否認していました。京都の裁判官が勾留を却下しましたが、検察官が不服を申立てをし、京都地裁の合議体が勾留を認める決定をしました。これに対して、弁護人が最高裁判所に不服申立てをしました。最高裁判所は、次のような理由で、勾留を却下しました。

被疑者は、前科前歴がない会社員であり、原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば、本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は、罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ、原々審が、勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは、この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え、本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると、原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ、原決定の説示をみても、被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで、その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84640

一般的に、電車内の痴漢事件では、被疑者にとっては被害者がどこの誰かわからないので、釈放後の被疑者が被害者と接触する可能性は高くはありません。最高裁は、被害者と接触する現実な可能性の程度を考慮し、勾留の必要がないとの判断を覆すことはできないとしたのです。
最高裁の決定は、下級審裁判所に影響を与えます。2015年12月には、東京地裁では痴漢事件は原則として勾留が認められていないと報道されています
痴漢事件に関しては、「否認すると20日間勾留される」ということはありません。

「99.9%有罪になる」

日本の刑事裁判では「99.9%有罪になる」ので、否認しても無駄だから逃走した方がよいという方がいます。
しかし、「99.9%有罪になる」というのは誤解です。これは以前に私のブログでも書きました。
hkato.ribbon-law.jp
有罪率が99%超というのは、自白事件を含めたすべての事件で有罪率が99%を超えているのであり、弁護人が本気で無罪主張をする事件で99%超が有罪になっているわけではありません。
また、日本の刑事司法では、起訴するか否かは検察官の裁量であり、捜査がされても検察官が起訴するとは限りません。検察官は、無罪判決を嫌いますので、起訴しても無罪判決になる可能性が高いときは、不起訴(嫌疑不十分)にします。不起訴になれば、刑事裁判にはなりません。
およそすべての刑事事件で立件されてしまえば「99.9%有罪になる」というわけではありません。

「被害者の供述は絶対に信用される」

「被害者の供述は絶対に信用される」という方もいるようです。
これは不正確だと思います。痴漢事件における被害者供述の信用性については、2009年の最高裁判決があります。事案は東京都内の電車内での痴漢事件です。被告人は否認し、地裁と高裁は被告人を有罪としましたが、最高裁が逆転で無罪判決を言渡しました。
最高裁は、被疑者供述の信用性については、次のように判断しました。

被告人は、捜査段階から一貫して犯行を否認しており、本件公訴事実を基礎付ける証拠としては、Aの供述があるのみであって、物的証拠等の客観的証拠は存しない(被告人の手指に付着していた繊維の鑑定が行われたが、Aの下着に由来するものであるかどうかは不明であった。)。被告人は、本件当時60歳であったが、前科、前歴はなく、この種の犯行を行うような性向をうかがわせる事情も記録上は見当たらない。したがって、Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるのであるが、(1) Aが述べる痴漢被害は、相当に執ようかつ強度なものであるにもかかわらず、Aは、車内で積極的な回避行動を執っていないこと、(2) そのことと前記2(2)のAのした被告人に対する積極的な糾弾行為とは必ずしもそぐわないように思われること、また、(3) Aが、成城学園前駅でいったん下車しながら、車両を替えることなく、再び被告人のそばに乗車しているのは不自然であること(原判決も「いささか不自然」とは述べている。)などを勘案すると、同駅までにAが受けたという痴漢被害に関する供述の信用性にはなお疑いをいれる余地がある。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=37531

客観的証拠が存在しない場合には被害者供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるという規範の下、被害者供述の信用性を否定したのです。
このように「被害者の供述は絶対に信用される」というわけではありません。痴漢事件で被害者供述の信用性を否定して無罪判決がでることは決して珍しくありませんし、むしろ無罪判決が出やすい類型の事件とも言われています。

「痴漢を疑われたら逃げろ」は正しいのか?

「痴漢を疑われたら逃げろ」?

報道によれば、5月12日未明、JR京浜東北線の車内で痴漢を疑われた男性が、上野駅構内から逃走し、駅付近のビルから転落して死亡した、とのことです。逃走中に誤って転落したのか自殺を図ったのかは判明していません。
www3.nhk.or.jp
最近、電車内で痴漢を疑われた男性が逃走してトラブルになっている事案がいくつも報道されていましたが、今回は被疑者の死亡という最悪の結果を迎えてしまいました。
痴漢事件については、ウェブ上で「痴漢を疑われた逃げろ」という対策が広まっています。痴漢を疑われた男性が逃走してトラブルになる事案が続いているのには、ウェブ上の情報が原因とも言われています。
しかし、私には「痴漢を疑われたら逃げろ」が適切な対応とは思えません。
考えられるリスクは、現場から逃走することによって、痴漢とは別の犯罪になってしまうおそれがあることです。逃走の際に被害者や駅員等の周囲の人と接触して負傷させてしまうと、傷害罪になるおそれがあります。また、逃走中に線路内に立ち入ってしまうと、鉄道営業法違反になります。
元検事の中村勉弁護士は、逃走することのリスクとして、勾留される、保釈請求が却下される、有罪の状況証拠になってしまうという3つのリスクを挙げています。
痴漢冤罪と弁護士 | 元検事が指揮する刑事事件の実力派|中村国際刑事法律事務所
「痴漢を疑われた逃げろ」は、リスクがあり、適切な対応とは思えません。

「痴漢を疑われたら逃げろ」の出所は?

ウェブ上で「痴漢を疑われた逃げろ」という対策が広まっているのは、テレビのバラエティ番組が出所のようです。
2008年4月27日放送の「行列ができる法律相談所」で「電車の中で痴漢に間違えられたらどう行動すべきか?」というテーマで4人の弁護士がコメントをしました。私は当時の番組を見ていないのですが、番組の内容がウェブに残っています。
番組では、北村晴男弁護士と本村健太郎弁護士が「走って逃げろ」が最適と答えました。これに対して、元検事の住田裕子弁護士と元司法研修所刑事弁護教官の菊池幸夫弁護士は、「裁判で無実で証明すべき」と答えました。住田弁護士は、逃走すると「悪いことしたから逃げた」と心証に影響するともコメントしていました。
このように、番組では刑事事件に詳しい弁護士が「走って逃げろ」に賛同することなく、逃走することの不利益も説明していたにもかかわらず、どういう訳かウェブ上では「走って逃げろ」という対策が広まってしまったようです。北村弁護士と本村弁護士の回答に余程インパクトがあったのでしょうか。

痴漢を疑われたときの対応は?

元裁判官の秋山賢三弁護士は、痴漢を疑われときの適切な対応について、次のようにコメントしています。

 元裁判官で全国痴漢冤罪(えんざい)合同弁護団長を務めた秋山賢三弁護士は「実際に痴漢をしたのなら、正直に話すべきだ」としたうえで「逃げることは最もやってはいけない行為」と話す。秋山弁護士は「逃げる際に被害を訴える女性や駅員、周囲の人にぶつかって転倒させると傷害罪に問われる可能性がある」と指摘し「冤罪なら、名刺を渡すなど連絡先を伝え、その場を立ち去ること。悠然とした振る舞いが望ましい」とアドバイスする。そうすることで相手が冷静になり、記憶が整理されることもあるという。

痴漢:疑われ、相次ぐ線路逃走 過去に死者、多額賠償も - 毎日新聞

私も、秋山弁護士と同意見です。もっとも、現実的には、痴漢冤罪を疑われるという緊張状態で、悠然と振る舞うことは難しいであろうとは思いますが。

痴漢で逮捕されたら弁護士を呼ぶ。

はっきりとしているのは、痴漢を疑われて逮捕されてしまった場合、実際に痴漢をしているのか冤罪であるかにかかわらず、直ちに警察を通して弁護士を呼び、逮捕当日中に弁護士と面会をするべきということです。弁護士に心当たりがないのであれば、当番弁護士の要請をするべきです。
被疑者としては、逮捕されてしまったとしても、勾留されるのは阻止したいでしょう。現在の埼玉の運用では、痴漢事件の場合、親族等に身柄引受人になってもらい、釈放後に被害者と接触する可能性がない状況を確保できるのであれば、結果的に勾留はされないことが多くなっています。東京でも同じような運用のようです、
東京や埼玉では、(逮捕されたのが余程遅い時刻でない限りは)逮捕された日の翌日に事件が検察庁に送致され、検察官が勾留の請求をするかを判断します。被疑者が勾留を阻止しようとするのであれば、逮捕当日に弁護士と面会し、弁護人を選任し、逮捕当日の夜からその翌日の朝にかけて準備をする必要があります。
逮捕された場合には、とにかく逮捕当日中に弁護士と面会するべきです。

刑事拘禁制度改革に関する勉強会

※このエントリーは、『刑事拘禁制度改革実現本部ニュース』40号(日本弁護士連合会刑事拘禁制度改革実現本部編)に寄稿した文章をブログ用に編集したものです。

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日弁連刑事拘禁制度改革実現本部は、2017年3月6日、村井敏邦氏(一橋大学名誉教授)と赤池一将氏(龍谷大学法学部法律学科教授)をお招きして刑罰制度改革に関する勉強会を行いました。
昨年10月に福井市で開かれた人権擁護大会において、日弁連は「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択しました。同宣言では、刑罰制度全体を罪を犯した人の真の改善更生と社会復帰を志向するものへと改革することを求め、具体的には懲役刑と禁錮刑を拘禁刑として一元化し、刑務所における強制労働を廃止して賃金制を採用すること等を宣言しています。
その後、刑罰制度改革に関しては、法務省側にも動きがありました。2016年12月、法務省内の「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」は、取りまとめ報告書を公表しました。同報告書は、少年法の適用年齢を18歳未満に引下げることに関して賛否両論を併記し、若年受刑者の改善更生という観点から自由刑の単一化も検討されています。ただし、ここでの単一化論は、受刑者に刑務作業を含めた各種の矯正処遇を義務づけるものです。
さらに、法務大臣は、2017年2月9日、犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備のあり方等について法制審議会に諮問しました。
刑事拘禁制度改革実本部では、このような昨今の情勢を踏まえて勉強会を行いました。

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赤池氏は、「勉強会」の報告書を批判的に検討し、自由刑の単一化論を振返ります。
最近では川出敏裕氏(東京大学大学院法学政治研究科教授)が、「自由刑における矯正処遇の法的位置づけについて」(2016年)等で自由刑の単一化論を展開しています。川出氏は、「勉強会」のアドバイザーです。
2000年改正の少年法では、少年が16歳に達するまでの間は少年院で懲役刑・禁錮刑の執行をすることができ、その少年には矯正教育を授ける旨の規定が設けられました(少年法56条3項)。これによって、現行刑法の下で懲役刑と刑務作業を切り話されることになりました。また、禁錮刑受刑者も、懲役刑受刑者と同様に矯正教育が行われることになり、刑の執行の場面において懲役刑と禁錮刑の区別がなくなりました。この改正は、限られた場面とはいえ、現行刑法の懲役・禁錮刑の内容と分離して、矯正施設における処遇内容を定めたという意義があります。
その後、刑事被収容者処遇法では、この考え方を一般化し、矯正処遇として、刑務作業に加えて、改善指導と教科指導をあげ(同法84条1項)、刑法に根拠規定のない改善指導と教科指導の根拠規定を置きました(同法103条、104条)。遵守事項に違反した場合には、懲罰の対象になり得ます。川出氏としては、刑法に根拠がない矯正処遇を受刑者に義務づけることが許されるのは、懲役刑・禁錮刑の目的には改善更生による社会復帰が含まれており、目的達成に必要な範囲で受刑者の権利を制限し、義務を課すことが許されるからというのです。
川出氏の考え方によれば、拘置とは、身柄の収容だけではなく、義務づけられた作業・指導という広義の処遇が含まれることになります。しかし、これは、マンデラ・ルール等の国際的な潮流とは異質の考え方です。

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村井氏は、法務大臣の諮問は、少年法適用年齢引き下げと犯罪者の処遇という本来は別個の問題を一緒にしていると指摘します。
そもそも自由刑の単一化論の基礎は、刑務作業の強制の禁止にあります。受刑者に強制労働を課すことは、自由権規約8条3項(a)に違反します。同項(b)では、一定の場合には重労働を課すことを認めているのであり、刑罰としての強制労働を認めているのではありません。
矯正処遇を受刑者に強制することは、社会復帰を積極的に推し進めるために援助の機会を提供する考え方とは相容れません。受刑者の自主性を重視する方向に転換すべきです。
さらに、川出氏の論文は、形式的な法文解釈に終始しており、刑務作業や矯正処遇に対する基本的な考え方が存在しない等と厳しく批判しました。

講演後は意見交換が行われ、今後の法制審議会で懲役刑と禁錮刑を拘禁刑として一元化し、刑務所における強制労働を廃止するという日弁連の意見をどのように反映させていくかが議論されました。委員からは、取りまとめの報告書の中に見られる検察官の権限拡大を懸念する指摘もありました。村井氏と赤池氏からは、法務省の動きに対して、あるべき方向性と逆方向に事が進まないように日弁連が奮起することを促され、私達に大きな課題が課せられました。

袴田事件第二次再審請求即時抗告審~DNA鑑定実施を強行した裁判所~

  • ※このエントリーは、『再審通信』111号(日本弁護士連合会人権擁護委員会編)に寄稿した文章をブログ用に編集したものです。

事件発生から半世紀

袴田事件は、1966年6月30日未明、静岡県清水市(当時)内の味噌製造会社役員宅で一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件です。静岡地裁は、1968年9月、味噌製造会社従業員の袴田巌さんを事件の犯人と断定し、死刑判決を言い渡しました。死刑判決は、1980年11月、最高裁で確定しました。しかし、袴田さんは第一審の公判から一貫して自らは犯人ではないと主張してきました。
27年間に及んだ第一次再審請求審(1981年4月~2008年3月)により再審請求棄却決定が確定すると、弁護団は2008年4月に第二次再審請求を申し立てました。6年間の審理を経て、静岡地裁は2014年3月27日再審開始を決定しました。さらに、静岡地裁は死刑及び拘置の執行停止を決定し、袴田さんは決定当日に釈放されました。その後、検察官が即時抗告を申し立て、現在、即時抗告審が東京高裁第8刑事部に継続中です。袴田さんが釈放されたとはいえ、再審開始決定は確定しておらず、袴田さんの地位は確定死刑囚のままです。
間もなく事件発生から半世紀になります。当時30歳の青年であった袴田さんは、今年3月に80歳の誕生日を迎えた。節目の年となり、積み重ねられてきた年月の重みを感じるとともに、いまだに事件が解決していないことに忸怩たる思いです。

裁判所がDNA鑑定実施を強行

東京高裁における即時抗告審では継続的に三者協議を実施しています。三者協議は2016年3月に17回目を数えました。即時抗告審における最大の争点は、DNA鑑定です。
原審では、これまで決定的証拠とされてきた5点の衣類等のDNA鑑定が実施されました。鑑定人の一人は、足利事件等でも鑑定人を務めた本田克也教授(筑波大学)です。本田鑑定の結果、5点の衣類は、犯行着衣ではなく、袴田さんのものではないことが明らかになりました。静岡地裁は、本田鑑定等を新証拠とし、5点の衣類を警察がねつ造した疑いがあるとして、袴田さんが犯人であることを裏付ける証拠は存在しないと判断しました。
本田鑑定については、原審の段階から検察官が激しく批判してきました。即時抗告審でもその批判は衰えることなく、ありとあらゆる資源を活用して本田鑑定を徹底的に攻撃しています。このような検察官の批判に対して、弁護団は適宜反論し、検察官の主張をことごとく論破してきました。本田鑑定の信用性に関する議論は、既に決着しています。
ところが、東京高裁は、本田鑑定の信用性に関して、即時抗告審で鑑定を実施する意向を示してきました。弁護団は、本来であれば鑑定は不必要ではあるものの、裁判所の疑問を解消するために鑑定に協力することは致し方ないという態度をとってきました。しかし、鑑定の条件設定を協議する中で、裁判所の目論んでいる条件設定が明らかに不適切であり、誤った判断を導く可能性があることから、弁護団としては鑑定に協力できないという態度をとるに至りました。それにもかかわらず、裁判所は、2015年12月7日鑑定実施を決定しました。鑑定人は検察官推薦の法医学者1名です。弁護団は、同月25日に証拠取調決定に対する異議を申し立てましたが、即日棄却されました。棄却決定は、「本件異議申立を棄却する」という主文のみであり、理由は一言も書かれていません。

不当なDNA鑑定決定

東京高裁の鑑定決定には次のような問題があります。
本田鑑定は、試料からDNAを抽出する過程で、血液由来のDNAを選択的に抽出する方法(以下「選択的抽出法」といいます。)を用いています。この方法は本田教授のオリジナルであり、鑑定実施後に本田教授が論文化して権威ある国際的な論文誌に掲載され、高い評価を得ています。
この選択的抽出法については、原審の段階から古い血痕には効果がない等と検察官が批判してきました。東京高裁は、検察官からの批判を踏まえて、選択的抽出法の効果を確認するために鑑定を実施することを決定しました。鑑定事項は3つに分けられています。
1つ目は、新鮮な血液を新鮮な唾液と混合させたものを試料とし、選択的抽出法の効果を確認するというものです。これは、本田鑑定人が鑑定前の予備実験として実施した方法であり、適切な手順を踏めば血液由来のDNAが検出されます。
2つ目は、法医学教室に保管されている古い血液が付着したガーゼを試料として、選択的抽出法の効果を確認するというものです。これも、血液由来のDNAが残存している試料であれば、適切な手順を踏めば血液由来のDNAが検出される可能性が高いです。
問題は3つ目です。上述の古い血液が付着したガーゼに、薄めた新鮮な唾液を付着させたものを試料とし、選択的抽出法の効果を確認するというものです。唾液を薄めるのは、古い血液のDNAが分断・劣化しているのに対して、新鮮な唾液はDNAが良好な状態ですから、単に新鮮な唾液を付着させると、選択的抽出法を用いても新鮮な唾液に由来するDNAのみが検出される可能性が高いからです。そこで、唾液を薄めてDNAの量を調整するというのです。
しかし、3つ目の条件設定は妥当ではありません。唾液を薄めてDNAの量を調整するといいますが、そのような調整は実際には困難であることが予想されます。検察官は調整が可能と主張していますが、その根拠となっている報告書は一研究者のアイディアを記述したものにすぎず、実験として調整可能であることを確認したわけではありませんし、DNAの量を調整する具体的な手順を検討したわけでもありません。鑑定の結果をどのように評価するのかも不明確であり、鑑定後に議論が錯綜するおそれがあります。何より、これは「鑑定」とは言いながらも、実質的には科学実験であり、再審請求の審理の中で行うべきことではありません。このように3つ目の条件設定は非常に問題があります。
そもそも、原審は、本田鑑定の信用性を肯定したものの、選択的抽出法を高く評価していません。原審における検察官の批判を踏まえて、古い血痕を対象としたときに選択的抽出法に効果があるかは必ずしも明らかではないとしながらも、対照試料からDNAが検出されていないことや試料に血液が付着している蓋然性があること等の他の事情を踏まえて、本田鑑定の信用性を肯定しているのです。仮に、検察官の主張どおりに選択的抽出法が古い血痕を対象としたときに効果がなかったとしても、本田鑑定の信用性が直ちに否定されるという関係にはないのです。この論理は、即時抗告審でも弁護団が再三主張し、検察官は適切な再反論をしていません。本来であれば、即時抗告審での鑑定は不必要なのです。
弁護団は、東京高裁がどうしても選択的抽出法の効果に疑問があるのであれば、その疑問を解消するために、1つ目と2つ目の鑑定には協力することは致し方ないとして、弁護人推薦鑑定人候補者の準備もしていました。しかし、裁判所が3つ目の鑑定も実施することに固執したため、鑑定そのものに協力するわけにはいかなくなったのです。
ともあれ、現に鑑定実施は決定され、検察官推薦の鑑定人が鑑定を進めています。弁護団は、東京高裁の不当な決定を批判しつつ、鑑定結果に対する対応の準備を進めています。

取調録音テープと元警察官の証人尋問請求

即時抗告審段階において、オープンリール23巻分の取調録音テープが開示されました。弁護団による反訳作業が行われ、録音されている取調日時や取調官の特定が進められました。今後、捜査機関による違法な取調の全貌が明らかにされることになります。
また、弁護団は、2016年3月24日、事件発生当時の捜査に関わった元警察官2名の証人尋問を請求した。うち1名は、事件直後の捜索の際、「5点の衣類」が隠されていたとされる味噌タンクの中に衣類が入っていなかった旨を弁護人に供述しています。残る1名は、「5点の衣類」が袴田さんのものであることを裏付けるとされるズボンの共布について、袴田さんの実家の捜索の際、共布が外部から捜索場所に持ち込まれたことをうかがわせる事実を弁護人に供述しています。元警察官らの供述内容は、警察によるねつ造の存在を推認させる重要なものです。
いまだ証人の採否は判断されていませんが、元警察官らが高齢であり、今後証言が困難になるおそれがあることから、早急に証人尋問が実施されるべきです。

ドキュメンタリー映画「袴田巖 夢の間の世の中」

現在の袴田さんは、静岡県浜松市内で実姉の袴田秀子さんと生活しています。その生活の様子を記録したドキュメンタリー映画「袴田巖 夢の間の世の中」(金聖雄監督)が2016年2月から全国の映画館で順次上映されています。
映画は、袴田さんの日々の生活を丁寧に描いています。長年の身体拘束による拘禁症の症状があるものの、表情が明るくなっていく等回復の兆しが見て取れます。弁護人としては、スクリーンに映される袴田さんの穏やかな生活を目にし、感動するとともに、この生活が二度と壊されることがないように、速やかな再審開始の確定、再審公判、そして無罪判決を目指したいと考えています。